essay back number 2003.2-2005.12 なつのいちご

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 2005.11 

 エッセイ

そういえば、遠藤くんが、「苺ちゃんのホームページ見たい」
と言うので、見せてあげた。

「おおーすげー」とか言いながら、しばらくはしゃいで見てたけど、
最新のエッセイを読んで、固まっていた。(笑)

特に
『私は、自分が尊敬できない人の言うことは聞けない。
 その人のために頑張ろうなんて、まったく思わない。』
という箇所で。

え? って。(笑)

こんなふうなこというなんて、苺ちゃんの普段を見ていたら想像できない
と言っていた。(笑)


そうかもしれないな。
普段の私を知ってる人が、突然このエッセイを読んだら驚くかもしれない。
とても「そういうふうに」見えないだろう。

私を知らないままこのエッセイだけ読み続けてる人も、普段の私に会うと
驚くかもしれない。
やっぱりとても「そういうふうに」見えないと思うから。

ふふふ(笑)本当の私って、どんなだ?





私は、どんな暴言吐いても、どんな怒り狂っても、いつもしあわせ、なの。

基本がそこなの。

表と裏が違うってことは、ない。 いつも正直。 いつも本気。 いつも自分。

いつだって、忘れない。 どの命も尊いことだけは。

そして私も、生まれてきてよかった。

ココがけしてブレないので、負のエネルギーを感じることに恐怖を覚えないんです。

だから怒る時は思いきり怒ってしまえるし、
泣きたい時は思いきり泣いてしまえるんだ、と思います。

楽しんだり、喜んだりすることと、まったく同じように。
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 2005.11.2 新月




『続けなさい
 奇蹟が起こる5分前に諦めてはいけない』








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 徹底的に

丸三日かけて掃除をした。

徹底的に。

今回のテーマは「見えないところ」を綺麗にする、こと。

徹底的に。

不思議だ。 掃除って。

部屋が綺麗になっていくだけではなく、自分の精神まで整っていく。

それが、わかる。

なにか、どこか、ある一方方向に向かって研ぎすまされていく感覚。

エッジが立っていく心。

どんな修行も、まず掃除から始めるって、なんだかよくわかるなあ。

自分自身のなかの、人から見えないところも綺麗になっただろうか。

徹底的に。




私は、ある新しい考えに到達した。
新しい考えは、新しい行動を生む。
新しい行動は、新しい運気を運ぶ。



清々しい朝。 ふと見れば、天使雲。  空を舞っているよう。

よし、とうなずく、わたし。
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 魂の人 Mとの出逢い

自分の外側に自分がいる感じだ。

不思議なパラドックス感覚。

新しい仲間をみつけて、丁寧に近づいていく作業は
とても楽しい。

誰にも言わないようなことを、なぜあんなにもするすると
あの人には言えてしまえるんだろう?

なぜ私が発言する一秒前に、それがわかってしまうんだろう?

あなたはわたし? わたしがあなた?



見上げたら、虹。  都会では珍しい。
銀座通り。 道ゆく人たちがみんな写真を撮ったりして騒いでる。
誰かに電話してる人とかも、いた。
「虹が出てるよ」

自然のなかで暮らしてる人はいいな、と思う。
でも、
虹を見たからといって、
いちいち驚いて大切な人に電話するほどの、
都会の暮らしも、まあ悪くない。


私は今、とても不安。 まったく先が見えない。
何も感じなくなった。
ひたすら無になろうと、無意識が働いてる感じ。

聞こえてくる声が言うには、

「結果を先に知ろうとしないで。
 ひとつづつ目の前の事を心を込めて丁寧にこなして。
 そうして問題が流れつく先を、自分で体感しなさい。
 どのように変化していくのかを。 ただ、見なさい。」



ふうん。



とにかく目の前には、新しい仲間と虹。

まず今の答えはそれだな。 イエスだ。
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 セラピールームにて

ソラさんのセラピールームが
白金台にオープンしたので遊びに行って来た。
ソラさんは、100万円以上もする
「オーラが見える機械」というのを
アメリカから買ったそうだ。
今月中なら、モニターとして無料で見てあげるよ
と言われたので、
じゃ、見てもらおうかなと思って行くことに。
でも、セラピールームなんて
ソラさんが友達じゃなかったら絶対行かない。
なんていうか、うまくいえないけど、
セミナーやワークショップは苦手だ。
生き方を誰かに教わるために
たくさんのお金が必要っていうのが
どうも...ぜんぜんわからない。 意味が。
それだったら、
日本料理の板前修行とか、
陶芸家に弟子入りするとか、
そんな方が私にはわかりやすい話だ。

セミナーへせっせと通う人たちと私とでは、
最終的に同じ場所に到達するにしても、
たぶん入り口がまったく違う。

少し興味持つことはあっても、講師の顔を見ると
教わることは何ひとつない、と思ってしまうのだ。
直感が働く。 仕方ない。

私は、日常から直接いろいろ学ぶのが好き。
いいことからも。 わるいことからも。
好きな人たちが先生。 嫌いな人たちも先生。
笑いも涙もみんな教材だ。お金では買えない。
と思う。

不思議なのは、
セラピストと呼ばれる人たち自身が悩みを抱え、
苦しそうに生きてること。
それで高いお金を取って人を助けるって...?
まったくわからない。 世の中いろいろだ。
まあ、そうすることが必要な人と
そうされることが必要な人が
いるということなのだろうな。
私が、そのどちらでもない、というだけのこと。

そんな私がセラピストのソラさんと友達になった。
自分と全然違うから、見ていて面白い。
ソラさんもそう思ってくれてるらしい。

ソラさんは勤勉家で、
いつもたくさんのワークショップへ行ってる。
そして、たくさん悩んでる。 いつも笑顔で。
可愛い魂の持ち主だ。 でも、見ていると
おまえ旅にでも行って来いよと言いたくなる。
(笑)
人間に教わることって限界あるぞ、と思うから。
何十万もするセミナーへ通うお金があるなら、
アリゾナとかケニアとか行って来たらいいと思う。
そこでワニに食われそうになったり、
泥棒に会ったり、
風に吹かれたり、
雨に打たれたり、
光を見たりしたらいい。
そんなに人生学びたいんだったら。


さて。 オーラが見える機械。
まだ使い方がよくわからないの、と
呼んでくれたわりには、
これまた苦しそうに操作するソラさん。
ちっとも楽しそうじゃない。(笑)
やっとできるようになって、出たその結果は...


「なんだとっ?」


肉体と精神と魂のバランスが非常に悪い、らしい。

グリモアばかり読んで動かない日が続いたせいか?
スピリット85%(爆)
しかしボディ5%(爆)
いやー。 まいったねー。  .............ていうか、
なんでわかるの?この機械。 ?  あってるよ。
そう。
そういう結果が出るような暮らしを、
ここのところ確かにしてました.....。

不思議なことは、ある。 こんなふうに。

「なんでー」と目をまんまるにした私を見て、
ソラさんは嬉しそうだった。(笑)

とにかく、ダメだねー、この結果。

もっと身体を動かそう。 人のこと言ってないで。

すっかり忘れていたこと。  自分で、びっくり。
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 アーティスト

Junnyからの情報。
行って来ました、HOUSE OF SHISEIDOへ。
只今『生の芸術 アール・ブリュット』展開催中です。

美術教育を受けてない人たちの表現。

写真教育を受けてない自分とダブる。

けれど、
「何かを表現しているという自覚がない」
という点では、自分と大きく異なる。

精神病院へ収容されたまま一生終えた人とか...つまり、
「そういう世界」に住む人たちのアートなのだ。

ある一点を、どこまでも極めていくという生き方。
(そうと知らずとも)




会場を出たあと、がっくり。 まただ。

なんだか自分が、中途半端な気がして。





☆ハウス オブ シセイドウ
 11:00〜19:00 毎週月曜休 入館無料
 東京都中央区銀座7-5-5 03-3571-0401
 http://www.shiseido.co.jp/house-of-shiseido/

アール・ブリュット展は11/27まで。
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 病気

時々出てくる、あれは...。 びょーき?

がつーんと落ち込むと、しばし寝込む。

身体をタテにしてられないのです...。  勝手にヨコになる。

ものすごい地の底に、一瞬で落ちていく。 あっという間だ。

昔はそれで1週間起きられないとかあったけど、
ちょっとづつなおってるんだろうか?
このごろはまぁだいたい2時間ほどでベッドから出てこれる。

今日もそんなことがあって、今、気を取り直して起きたとこ。

こうやって時が過ぎてしまうと、苦しくじっとしていた理由が
あまりわからなくなってしまうのは、なぜだろう?

解決すべき物事に、なんの進展がなくても
ある瞬間、ヨコになった時と同じくらいのスピードで身体がタテに戻り、
つきものが落ちたように、ふっと立ち直る。
その間、自分のなかでどんな変化が起きてるのかは、わからないままだ。

一度「しっかり落ち込む」ところに、なんか秘密がありそうな気がする。
カラ元気だしてると、いつまでたっても気持ちが晴れない。
かえって逆効果、我慢した分膨れ上がって激しい落ち込みが襲ってくる。
私の場合は、こんなふう。

なので、時と場所を選ばず(べず)、取り繕うということもせず、
誰の前でもガクンとヨコになって落ち込む私を見てビビる人続出...
ああ。 みなさん、ごめんなさい。 驚かせてしまって。
ま。
心の病気かもしれないけれど、個性と思って宝にしよう。
昨日、アール・ブリュット観たばかりだし。
どんなことだって、なんのチカラになるかわからないし。

そう思って。





さて。 「今火星が見えるよ」とファンの方からメールいただきました。

どれ? どれ? え? 東に?

...................(探してる).................(探してる).......................(探し......)

! あった! あれかなっ?  うーん、あれだなっ ! きっと。

あったよー とメールしたい。 その前にここに書いちゃったけど。

なんか楽しーね。 こーゆーの。 (笑)

言われた通りに、みつける感じが。
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 ファイナルカットエキスプレス

いよいよ、
このソフトを実際に使う時がやってきました。
なので、吉田良子監督から特訓を受けることに。

入れ替わり立ち替わり、
様々なチカラが私を特訓しにやって来てくれるのが
ありがたい。 感謝。

監督、面白い顔したシュークリーム軍団をお土産に
持って来てくれました。
私は一番やんちゃそうな顔を選んで食べました。
(監督は、一番情けない顔を選んでいた 笑)



さて。 うちのPCで映像の編集作業するのは
これが初めて。 きんちょーするーっ!
ここはこうであそこはああで、
こんなこともあんなこともできて、それから...
と、ノッテきた監督。
説明が延々と続きそうだったので恐ろしくなり、
途中で「ストップ!」とお願いしました。
すみません今日のところは、まず、ここまで、と。
亀の歩みのようにノロい夏野苺です。 それでも、
やりたいことのためならPC苦手な私でも頑張れる。
作業は楽しい。
不思議だ。
どうして私は、やりたい事とやりたくない事の差が
こんなにも激しいのか。
やりたい事の場合、最初だけ苦しいけど
絶対に覚えるから後は大丈夫。
(他の新しいことはできないままだけど)
やりたくない事の場合、
どんなに頑張ろうと思っても、もう目が開かない。
手も動かない。仮死状態になる。(笑 ホント!)

今日は約1分ほどの映像作品が出来上がりました。

ほぅ...  ちょっといろいろ創ってみよう。

アイデアが次から次へと浮かび
アタマのなかを、くるくる踊る。

いまに超大作を創ってみせるぞよ。
ヒューマンな
ファンタジーな
マジカルパワー炸裂の
キュートサイコスリラーみたいなの。
ぶはははは。(笑)
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 南へ

今年は、
春に屋久島、南へ飛ばされ、
夏に北海道、北へ飛ばされ、
そしてまた、南へ...
(陰陽の教えで、その振れ幅が大きいほど
 幸福を呼び寄せるチカラも強くなると聞いたことがある)

南の神様が呼んでいます。 明日から九州へ行って来ます。
九州は、初上陸です。
長崎へ行くのです。
仕事の前後に、思い浮かぶ場所へふらふら寄り道する予定です。
いつも通り、たいして計画も立てず、いきあたりばったりな感じで。

今度はどんなことが起きるだろう?

何を見るだろう?

今、キーワードとしてアタマのなかにあるのは
「隠れキリシタン」


ここのところごっそり心のなかで切り捨てたものがたくさんあります。
その後、やはりものすごい勢いで新しいものたちがやって来ています。
今回、生まれて初めての場所に足を踏み入れるのも、そのひとつです。

乱気流のような運気です。

けれど、仲間達の声が聞こえます。
一度静かになったそれが、また聞こえ始めました。
ぐるりと見渡して、ああ、あの顔とあの顔は変わりないな、と確認したら
なんだか安心しました。

さて。 気を引き締めて。 そろそろ曲る準備を。
私は曲り角で立ち止まったまま、なかなかその先へ行けないでいます。
息を凝らして、ヴェロニカの合図を待っているのです。
いまココロは、とても静かな時間のなかにいるのです。

今日、石でできた短剣を手に入れました。
これを持って出かけようと思います。
隠れキリシタンの里では「葬り去る」ということのなかにある
大切な何かを学ぶことになりそうな予感がしています。

週末に東京に戻る予定です。
では、行って来ます。
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 ただいま

南の旅より、戻りました。

屋久島へは、数々のワークをする旅。
北海道へは、命を静かにみつめる旅。
そして、長崎への旅は...

巡礼の旅となりました。

自分が今後、作品を創るうえで、
生涯通じてテーマとなるものは「鎮魂」だと
直感しました。

自分のチカラをどのように使えばいいのか?
そのために欲しいモノは何か?
そのために足りないモノは?
得るために今なにをすれば?

捨てるべきモノは?
守るべきモノは?

答えは道のそこここに、落ちていました。

それを拾いに行く旅でした。




旅の途中で私は、曲り角を曲がった、と思います。






落ちついたらまた書きます。
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 旅のこと 1

出発の朝、一度落としたPCの電源を入れ直した。
ある人のホームページを見たくなって。
そしたら「今日から京都で展覧会」とのこと。
行きたい、と思った。
この方は日本画を描く女性で、
「苺ファンです」と、時々メールをくださる。
以前から、一度作品を観てみたいと思ってた。
よかった、今日願いが叶うんだ。
嬉しい心になって出かける。
でも、京都駅で思わぬアクシデントに遭遇。
というか、ニュースを見てない私が悪いのだ。
ブッシュ大統領来日に伴い、テロ対策として
駅のコインロッカーは、どこも閉鎖状態。

がびーん。

撮影機材を抱えたままではどこにも行けない。
しばし途方に暮れる私...
どうして、事前に調べる、とか
もっときちんと計画的に動けないんだろう。
いきなりこんなことになって
この先どうなるのか、不安になる。
でも、身体が勝手に動き、タクシーに乗る。
「タクシー乗ってどーすんの」
「いいから。とりあえず絵を観に行こう」
ふたりの私が会話する。 心のなかで。

絵を観たら、どこかじっとしてられる場所で
時間をつぶそう、と思った。
時間をつぶす...好きじゃないな、この言葉。
それに、なんでつぶさなきゃ、なんだ?
京都まで来て。 とほほ。(情)
それに、
スタッフ合流までにあと6時間以上ある...。

ギャラリーの隣りがロイヤルホテルだったので、
荷物を預かってもらえるかロビーで聞いたけど、
ぜんぜんダメだった。
宿泊客以外はダメだって。
...そりゃダメだよねー。 そーよねー ...と、
とぼとぼ会場へ行く。
入場したら、あまりの大荷物に驚く(笑)
ギャラリーのオーナー。
「どうしたの?」と尋ねられたので、
事情を説明したら
「うちで預かってあげるわ。
 せっかく来たから、
 いろいろまわりたいでしょ」

あああ〜〜〜.... ありがとうございます!(涙)

きっと彼女の名前を出したからだ!
「竹林柚宇子さんの絵を観に来ました」

今朝、電源を落としたあと、
出発時間が迫ってるのに
わざわざもう一度PCを立ち上げて見た意味が
わかった。
どんな小さな直感も無視しない。
その時わからなくても、
こうして後でわかるから。
アタマやココロに浮かんだことは
とにかく、やってみるにかぎる。

もしあの時、彼女のサイトを見てなかったら
今頃は... と考えるとゾッとする〜(怖)

私はファンに助けられた。
と思った。 しみじみ。
こんなふうに助けられる日がやってくるとは
...びっくり。
会ったこともない人なのに。
人の縁は摩訶不思議。

ところで、竹林さんの絵は、素晴らしかった。
キラキラ光っていた。 絵が。
やっぱり本物は違う。ネットで観てるのとは。
来てよかった。ご本人には会えなかったけど。
こんな絵を生み出せるような人が
私のファンなんて。 夢のようだ。
あれはなんだろう? あのキラキラは。
使用している絵の具の関係だろうか?
絵の中の女の人は、生きていた。
絵が、呼吸していた。
一度観たら、忘れられない。

竹林柚宇子ウェブサイト
http://www.tkbys.com/

会場にいた若狭くんもありがとう。
全然知らない私のために、
周辺の地図を書いてくれた、優しい人。
その地図を握りしめ、荷物を預けて、
いざ京都の街へ繰り出した私!
なのであった...。

            つづく。
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 旅のこと 2

どこへ行こうか少し迷ったけど、
やっぱり、嵯峨野へ行くことに。
嵐山からのんびり歩きで向かう。

好きなお寺があるのです。

小さな小さなお寺。
ひっそりと、苔の庭のなかにある。
いつ行っても、人はそう多くない。

紅葉が始まっていた。
苔もとってもきれい。

今日は猫がいた。

「おまえ、ここを守っているの?」
と尋ねたら
「そう」
と答えた。

(最近私は、動物や植物と
 会話できるようになったの)

どうしてだか、私は、
京都ではここが一番好きな場所。
たしか、中学の修学旅行で来たと思う。
その時、いろいろと
このお寺にまつわる話を聞いて...でも、
ひとつもアタマに入らなくて、
「ここは今来てもダメだ。
 もっと大人になってから来なくちゃ。
 もう一度ここへ来なきゃ。大きくなって」
と、そればかり思っていたことを思い出す。

で、3年前にやっと、もう一度来れた。
大人になってからじゃないと、っていう
あの思い、うまく説明できないけど、
なんか納得。 そう、ここは。そんな場所。


長い時間、庭を眺めた。いろんな思いのなかで。


ギャラリーに荷物を取りに戻って、お礼を言って、
京都駅でスタッフと合流。
駅前の「長利」というお店で鳥鍋を食べる。
最後の鳥雑炊が美味しくて死ぬかと思った。

仕事がんばるぞ、と。 ヴェロニカに誓う。


                 つづく。
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 旅のこと 3

夜行寝台車で長崎へ向かう。

寝台車、はじめて。
ものすごいわくわくする。
なんで、こんなメルヘンなんだ?
うぅー...すてきすぎる。
寝台車に住みたいくらい好きになる。

はしゃぎ過ぎてスタッフに
「『鉄子の部屋』っていう
連載でも持てばー?」と笑われる。

発車間際に
「いいの?外から写真撮らなくて」
と言われて、慌てて飛び出す私は、裸足。
....ぶはははは。(笑)

ガタゴト揺られながら、南へ向かう。

夜中、目が覚めて、そっと窓の外を見たら
広島駅だった。

また眠って、

朝起きたら、もう九州だった。

長崎駅では、またしても猫。
「おまえ、ここを守っているの?」
と尋ねたら
「そぉよ」
と答えた。


なんだか今回の旅、
オリエンテーションみたいだ。
あちこちで、使い魔たちが守っているなかを
どんどんずんずん進んで行くんだな、と思う。



              つづく。
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 旅のこと 4

仕事は、
ハウステンボスでの撮影でした。

オランダへは一度行ったことがあります。
大好きな国です。 が、
九州にオランダをもうひとつ創る意味が
まったくわかりません。

仕事は仕事なので撮影はきっちり済ませましたが
私の心の深い場所は、最後まで首をかしげたまま。

歴史ある京都の街からやって来たから
なおさらそう思ったのかも。

さて。
満月。

迎賓館や時計台もライトアップされてましたが、
私の目には、月の光が一番綺麗に映りました。
お天気が心配されてましたが夕方から雲が晴れ、
やがて見事な月夜となったのです!

旅用の瞑想道具を持参していたので、
スタッフの呑み会は辞退して、
さっさと部屋にこもり、月明かりを浴びながら
ひとり、深い場所まで降りていきました。

蒼い蒼いパワーを、直接浴びたような。
あの、いつも行く、
そう、あの場所の。

不思議な夜でした。

静か、でした。 とても。

明け方目を覚ましたら、窓から一直線に月の光。
眩しくて、直視できないほどの。 強い、光り。

私は今まで
強い光というのは太陽のものだと思っていました。
月の光は、淡くて、柔らかくて、優しいものだと。

それが、蒼い短剣のような鋭い強さを持つなんて。

意外な発見でした。

月が持つ優しさのなかにある、その一点の強さは
私のなかを貫きました。

なにか、チカラを。 授かったような気がします。

これからシャッターを切る時、
指先から蒼い光が通り抜けて、
私は、作品を創っていくのだと思います。



                  つづく。
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 旅のこと 5

撮影、午前中で無事すべて終了。

また心の旅が始まる。

この時点で、計画ゼロ。
出発前日に買ったガイドブックを開く。
気になっているのは、隠れキリシタン。
それなら平戸地方がいいと言われた...
でも、この先2泊する予定のホテルが
長崎駅前なので、地図を見ると
短い時間でまわるには、
明日の予定にしてしまうと効率悪そう。
なので、
レンタカーで、ハウステンボスから
午後、直接行くことに決定。

みっつの教会を目指す。
紐差教会。
聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂。
田平教会。

どこへ行ってもマリア様が。

紐差教会の内部は、
ステンドグラスからの光で
ピンク色、というか淡い赤色をしてたのが
とても綺麗で印象的だった。

ザビエル記念堂に着くあたりから
雲が出てきて、妖しい空気に。

田平教会では、風が吹き始め、嵐のよう。
あたりの森からゴォゴォと木々の揺れる音。
ざわざわ、どきどき、した。

場所としては、私はこの田平教会が一番好き。
墓地に隣接していて、十字架がたくさん。
小高い丘の上に建っている。

だぁれもいない。 人っ子ひとり。

ルルドがあったので、行ってみた。

マリア様に触れることができたので、
ペンジュラムと、瞑想の時下げるネックレスと、
ヴェロニカの指輪と、パワーストーン
(ルビーとエメラルド)を
その手に持たせて、祈りを捧げた。

“私は、何が正しいとか、よくわからない。
 善いとか悪いとか、そういうことも
 よくわからない。
 自分なりのことは決められるけど、
 それが必ずしも
 他人に通用するかどうか、わからない。
 もしも、「これが正しく善いことなのだ」
 という道があるとして。 それならば、
 知らずのうちにでも、どうか、
 その道を通ることができますように。
 そのために、持ってるチカラを
 使うことができますように。お導きください。”




赤い蜘蛛が降りてきた。

「ここを守っているの?」
と尋ねたら
「そうじゃ」
と答えた。



                つづく。
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 旅のこと 6

夜、長崎駅前のホテルに
チェックイン。
ちゃんぽんが食べたい私。
夕食は中華街へ行く。
ホテルの従業員に薦められたので。
(ちなみに、私は毎晩ちゃんぽんを食べ続けた。
 (笑)
 ふた晩目は、思案橋付近で。
 最終日は、ふたたび中華街。
 でも別の店で。
 それぞれ味が微妙に違って、
 どれも美味しかった。
 最後に食べたミニちゃんぽんはよかったな。
 サイズが小さいから他のものも食べられる。
 豚の角煮まんや、皿うどんも美味しかった)


ホテルの部屋でひとり、またガイドブックを見る。
ぱらぱらとめくってたら「!」と、閃いた箇所が。

雲仙。

......。

うーむ。 どーしよう。 聞いたことがある。
噴火した所か?

温泉街?

しかし、なんでそんなところにピンとくるか?
たしかに温泉地はパワースポットではあるけど。
のんびり遊びに来た
って、モードでもないけどなあ、今回の旅は。

どうしようか、と思いつつ眠るが、
翌朝目覚めて、まだアタマの真ん中に
「雲仙」があったので行くことに決定。
日帰りで、充分帰って来れそうなので。

駅前のバスセンターから雲仙行きに乗る。

この先どうなるのか、予想できないまま。
なぜ雲仙なのかまったくわからないまま。

でも、行ったら、
そのわけがわかったのです。



               つづく。
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 旅のこと 7

私は、本当に、本当に、本当に
驚いたね。

なんで、煙り? そこここから。
足元から。  遠くにも。

バスを降りて、どっちへ進んだらいいか、
わからなかった。
誰もいないので。
バスから降りたのは私ひとり。
あたりに人影もなく。

案内板を見たら、近くに足湯につかれる場所が。
そこでしばらくぼんやり。
その後「雲仙地獄入り口」から歩くことに。

(なんで地獄よ? いま必要?)

山間に高く昇る煙りを発見した時は
びっくりした。 火事かと思って。

どんどん進んで、もっとびっくり。

しゅーしゅー、ぼこぼこ、ごぉごぉ...
熱泉から煙りが吹き出してる...
50mくらいの高さで。 あたり一面。

じごく...

風向きの関係で、一瞬私は白い世界に包まれて
この世にたったひとりみたく思って、怖かった。

ためしに、足元の石をひとつ動かしてみたら、
そこからも、しゅーしゅーと煙りが!?(愕)
慌てて元に戻す。

川が流れてる。温泉の川。(笑)
煙りが出てる。そんな川は初めて見た。

空の青と、山の紅葉の赤や黄と、湯煙りの白。
なんという景色だろう。 すごい。
地球はすごい。

煙りが一番高く上がる場所の前の石に座って
瞑想した。 お尻の下が熱かった。
そのうち、手のひらが熱くなってきた。
熱が下から上に上がったのだろう。
私の身体の中を通って。
頭のてっぺんも熱くなってきた。

地獄めぐりしていくうちに、どうして私は
雲仙に呼ばれたのか、わかってきた。
ただの温泉地だと思い込んで来たけれど、
こここそ隠れキリシタン殉教の地だったのだ。


            つづく。
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 旅のこと 8

いくらなんでもそれはないだろう...

猫がいた。

地獄に猫はいないだろー、と思うけど。
(笑)
「おまえはここを守ってるの?」
と尋ねたら、やはり、そうだと答えた。
おまけに一匹ではなく、あちこちから
3匹現れた。
(3という数字、実は私にとってはとても重要)
集団でここを守ってるらしい。
地獄チームだ。(笑)
魔法の杖で頭を撫でて挨拶する。 すると、
とことこ歩き出してこちらを振り返ったので、
後をついてくことにした。
そうしたらなぜだか十字架が建ってる場所に出た。
猫達はいつの間にかいなくなって、また私ひとり。

小高い丘の上。
下には一面、雲仙地獄の湯煙り。

立て看板を読む。

隠れキリシタン達は、京都からひと月歩かされて
ここに連れて来られ、温泉の熱湯をかけられたり、
様々な拷問責めにあった。
長崎の地に潜伏(平戸地方など)していた者達も、
ここでたくさん殺された。

ここは処刑場だったのだ。

この十字架は、迫害の歴史を物語っている。


しばらく瞑想した。


たくさんの煙り。
熱泉から吹き出す湯をかけられるって、
どんなだろう。

本当にあったことなんだ。

これは、本当にあった話。

この場所で。

今、私が立ってる、ここで。

自分の信念を守り抜くがゆえに受ける迫害。
それは、どんなだろう。

言葉にならない何かが、また
私を貫通した。 閃光が走る。

    一瞬、私は

        光になった。






(私はこの時人生の曲り角を曲がったと思います。
 これからやるべき事が手の内に降りてきました。
 その重みを、確かに、手のひらに感じたのです)


                 つづく。
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 旅のこと 9

私の心は無口になった。

何を見ても何を聞いても、どこへ行っても。

心は静かだ。




最終日、早く起きて、市内をまわる。

もうひとつの現実。 長崎は被爆地。

今日はそれを見つめよう、
そう思って出発した。

初めに行ったのは、山王神社の一本柱鳥居。
爆心地から南東約800mに位置したため、
強烈な熱線で上部が黒く焼け爆風によって
片方の柱と鳥居上部が破壊されてしまった。

すぐ傍らに壊れた欠片たちが置いてあった。

しばらく柱に抱きつく。

この柱は1本になってから60年も
残った半分の笠石を支えているのだ。

声を聞いた。 「あの日」の光景も見えた。

それは石の、記憶。



その後、
原爆資料館、原子爆弾落下中心地、平和公園、
浦上天主堂と、順に、歩いてまわった。



私のなかに、
言葉にならない何かが、溜まり続ける。
これを外側へ出すには、作品を創作する以外に
方法がないこと、それだけはわかる。

自分のなかで、現在進行しているそれは、
けして言葉で説明できるような性質のものでは
ないのだ。



浦上天主堂には、
被爆して、ばらばらになってしまった天使像が
たくさんあった。





市電に乗って、諏訪神社へお参りに行った。

隣接する長崎公園内に、
写真の開祖 上野彦馬の銅像があって驚く。
...写真の神様みたいなもんだな。
知らない人だけど(歴史の授業で出てきたかな?)
丁寧にお参りする。
こんなところで御縁があって、嬉しく思う。




最後に
日本二十六聖人殉教地と、聖フィリッポ教会へ。

豊臣秀吉のキリシタン禁止令によって捕らえられた
6人の外国人宣教師と20人の日本人信者が、
1597年(慶長元)に、処刑された場所だ。

その26名のレリーフ像が、長崎港に向かって
立っている。


フィリッポ教会のなかでは長い時間座わっていた。

誰もいない。天使との時間。

涙がこぼれて仕方なかった。

悲しみの涙では、ない。

自分の、残りの、この命を使って、
しなければならないことがある、という
誓いの涙だ。


長崎へ来れてよかった。  神様、ありがとう。
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 旅のおわり

京都駅のアクシデントから始まって、
超特急で駆け抜けた旅でした。

途中で、私の中に
決定的な変化が起りました。

これは、直接
今後の仕事に影響していくと思います。


私は、もう曲り角を曲がってしまったので、
振り返ってみても、
過去は見えなくなってしまいました。

微かな記憶となって残るものはありますが、
だいたい忘れてしまいました。

やはりいつの時でも、
過ぎてしまったことより、これからのこと。
そして、いま。 これが一番大切です。
過去は、
すべて自分を作る一部分となっているので、
振り返る必要などないのです。
少なくとも今は。私にとって。

過去も未来も現在の中にすべてがあります。

また新しいことが始まるんだな、と思うと
わくわくします。


長崎は不思議な土地でした。
大好きになりました。
ずっと何かに話しかけられてるような、
旅の間そんな感じがしてました。

「癒し」の仕事するなら、
(と、ソラさんの顔が浮かんだ 笑)
こんな所に住んだらいいのに、と思った。
ここで魂を鎮めるチカラを鍛えていけば、
どんな場所でも癒すことができると思う。

被爆とキリシタン迫害の歴史を持つ、
ここ長崎でしか育むことができない、
そういうものがあると強く感じます。

浦上天主堂の聖堂内部の輝き。
平和公園の噴水にかかる虹。
雲仙からの帰りに見た、海に沈む夕陽。
そのひとつひとつがメッセージでした。

メッセージといえば、今回あらゆるところで
遭遇した使い魔たち。(笑)
一番最後にも現れましたよ。
26人が殉教したあの丘で。
とことこ向こうから歩いてきました。
ベンチに座って、月餅餅を食べていた私は
少し分けてあげることに。
こんなの食べるかな?と思いながら、
ひとかけ差し出したらハグハグ食べてた。(笑)
長崎の猫は月餅餅食うんだねー、と笑った。

最後の最後に笑える旅は、最高の旅でしょう。

すべての流れに感謝しつつ、さて。
また日常に戻ろうと思います。
ずっとずっと、まだまだ続く、
本当の、旅路へと。
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 朝陽

近頃は毎朝、光りに起こされる。
見ると決まって太陽は同じ位置。

あそこのビルの谷間に。

朝の光ってこんなにオレンジ色だったっけ?

ていうくらいに、赤い。

夕陽と区別がつかないくらいの色。

きれいだなあ。  と、しばらく眺める。

チカラヲ クダサイ  チカラヲ

祈る朝。


私は気づけないでいる、まだ。
新しい道に入ったことは、わかる。
でも。
目覚めていない。
眠ったままの私。

私の中心は、まだ。 眠りのなか。
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 幸福な孤独

私からすれば
とても高い位置にいるように見える人なのに
なんでこんなにいろいろよくしてもらえるのか
あんまりわからないでいたんだけど、なんだ、
こんな縁だったのか、
という結末(というか、はじまり)があった。

藤井路以に、弟子入りすることになりました。

この年になって、あらためて
藤田修平以外の弟子になるとは、びっくりだ。

私のブログのタイトルは
「魔法使いの弟子」というんだけど、
それが本当になってしまった。 なぜなら、
藤井路以は魔法使いだと思うので。

プロカメラマンの私が、藤井路以の弟子になって
何すんだ?って感じですが、もちろん、
人形を創ります。

私が個展を開くまで面倒みると言ってくださった。
でも私は、他の人形作家とは違う道をゆくと思う。
人形を制作する、真の目的は、
自分で被写体を生み出す、ということなので。
完全構築された世界を展開していくのが夢だ。

私だけの写真世界。

あんなに憧れた、誰も入れない、幸福な孤独。

商業ベースの現場で、チカラを合わせて
チーム組んでやっていく仕事の楽しさもあるけど、
私はやはり、ひとり、ますます沈んでゆきたい。
どこまでも、深く。

とうとう、もっとも自分にふさわしい道を
みつけることができたと思う。




路以さんの家にお邪魔したら、
もうクリスマスの飾り付けがしてあって、
どこもかしこも、お伽の国のようになっていた。
ものすごいチマチマしたものも、ぜんぶ自分で
アレンジしたり創ったりしたものを飾っていた。
仕事以外でも、結局創っている路以さん。(笑)
「創る」ことが大好きなのだろうな。わかるな。
私も毎日、
仕事じゃなくったって、撮ってばかりだ。(笑)

たくさんの画集や、写真集を見せてもらった。
古くて、私の知らないものばかりを。
とても刺激を受けた。 新しい刺激。

こんなふうに、これからは、
アトリエに通うたび、新しい刺激を
私の細胞が受けていくのかと思ったら、感激で
食事が喉を通らないほど興奮した。

路以さんの言葉ひとつひとつが私を育ててくれる。
生のアーティストの言葉は貴重だ。

「あなたは内包されたものがもうパンパンだから
 わたしがちょっと風穴を開けてあげたらすぐに
 シュ−っと凄い勢いでいろんなものがたくさん
 出てくるはずよ。 それがわたしの役割だわ」

と、言っていた路以さん。

ヴァチカンで買ったという十字架をくださった。
お守りにしなさい、と。


覚悟を決めて、彼女についてゆこうと思います。
しっかりと目を覚まし、歩いてゆきます。
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 変身

身体を鍛えなければ、と思う。

来月から路以さんのアトリエに通う。
人形制作が始まると、
動かない時間が増えてしまう。

身体を、鍛えなきゃ。

あの、ソラさんに撮ってもらった
オーラ写真を思い出した。(笑)
あれは、ヤバい。
大地と繋がる、第一チャクラの赤が
ちっちゃくて消え入りそうだった。
頭上にある、第七チャクラ。
宇宙と繋がる、紫(もしくは、白)の
このチャクラばかり発達して(笑)
なんだかこれじゃ、
人としてどうしようもないなと思う。
頭でっかちの、
行動が伴わないようなバカちんには
なりたくないぞ。

写真撮影や暗室をするためには、
人形制作もまったく同じだと思うけど、
強く確かな精神力が必要になってくる。

しかし精神「だけ」鍛えるというのは
無理な話で...

強靱な精神は、強靱な肉体にこそ宿る。

そう思うのでとにかく身体を動かそう。

ジムとヨガと瞑想を併用しつつ、
撮って、撮って、創る...

時には、魔術も。  役にたつだろう。



どうしてだか、私は変わってしまったと思う。
いろんなこと。
目に映るものが変化したのだ。
(道が変わったので当然か)
ゆうべ、師匠と焼肉屋へ言って、びっくり。
ビールを頼まない私。(笑)
とうとう、
お酒が楽しかった世界は終わってしまった。


新しい扉を開くと、こんなふうに
日常の些細なことから変化してゆく。
そうして最後には顔つきや姿形まで。


人は変われるのだ。 変わることが、できるのだ。
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